Clean Bandit - Rather Be ft. Jess Glynne

 たとえばLady Gaga / Paparazzi は2009年の曲なんだけどちょっと表現がエグく見える、今(このPVをYouTube〈インターネット〉にあげたら)やったら問題になるだろうなーと思う。シースリーピオー、C-3POみたいでかっこいいー面白いと思って当時はよく見てよく歌っていたけど、パパラッチという語感から想起される、一般人が想起するゴシップ快感を不快感へとうまく転換させている。(2018年現在にpaparazziのPVをみて当時は思わなかったことを思って、)倫理感にも間違いなくトレンドがある。(と感じた。)最近はやたら香港でPVを撮るよね。人の倫理に訴えかける手段は、それを察知した人間に力強い感覚(強い不快感、正義感)を与える。普段ナビかない人(傍観者)でも、煽動にのってくるだろうし、煽動しやすくなる事柄の1つだろう。

ちなみにRhye - Open これ、男性ボーカルなんですよ、信じられますか?

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(sia)

10日ぶりに煙草を吸う、お弁当を忘れて(ルーチンが崩れて)から散々だ。理由もなく煙草を吸いたくない。吸いたくなったから、吸いたくなってしまう状況に追い込んだ自分を嫌悪する。今のプライスレスな生活に値段をつけるとすれば1年100万なのだが、現実的(←嫌いなことば!)にみて50万かな、なんて考えてしまう。煙草と不快(な)感(情)の結び付きがここ数年で強まってしまった。("落ち着けるために"吸う)

 

何かの広告か本屋で、大企業の人の弟子の本をチラ見したことを覚えている。ありがとうを100万回言え的な見出しがあった、今グーグルで検索してみたけど怪しい本しかヒットしなかった。僕自身「ありがとう」を言いあぐねることがよくある。心がどもるのだ。頑張って「ぁ、、ヶとう」くらいは言うのだけど(頑張って伝えるのだけど)大抵、聞き返されるか、伝わってないのがわかるので、"気を取り直して"「ありがとう」とはっきり"言いなおす"。はたしてこの「ありがとう」にどれほどの効果(徳)があるのか、わからないが、きっとないだろう。効果を体感したことはない。

「ありがとう」のひとことでお互いが救われるのに、なんで言わないんだろう(相手も自身も)と思うことは毎日に多々あるし、ありがとうで済ましてしまってはいけないな、いけないだろう、と思うことも同じ数だけある。 因果応報。個が罪を犯し全体が罰する。僕が赤信号を無視して渡れるのは、みんなが信号を守っているから、に他ならない。それがありがとうパワー。ないがしろにしていることを裁くのは、自分自身でも他人でもない、全体によって"いずれ"裁かれる。(となんとなく信じています。)一種の呪いみたいなもので、末代まで呪う、死んで呪う、その女々しいお菊さん精神、が、致し方なくやどり、発芽し、共感(共振)してしまうのです。

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いつまでも待っている、全体に裁かれることを、全体てきな答えがでることを、そうして、それが起こったときに"答えが出せる"(答えが出る)と信じている。自己が、おのれが、どこまでいってもいない、不在の状況で、そのロマンスに酔っている。だって素敵じゃないですか、僕が死んで恨みが晴らされるんですよ、永久不滅の蓮の花じゃないですか、泥から綺麗な花を咲かせる、

 

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「やめてください。」

え?

「そんな例えにわたしを持ち出すのは。」

とうとい。。尊い。。

だからアホどもはパカパカ煙草を吸うわけですよ。

でも僕は尊いので10日にニホンだけ煙草をくさくさとふかすわけですね。