DakhaBrakha - Vesna

誘導管

 

わたしは常に一人きりの夜である

健やかなるときも病めるときも

わたしは常に叶い続ける花である

喜びのときも悲しみのときも

わたしは常に一つ飛ばしの蝶である

富めるときも貧しきときも

死がわたしを分かつまで、愛し敬いつづける

(であろう)

 

物言わなぬものたちに囲まれて、喘ぎにも似たアーリーノイズがジジ、、ジジジジ、、これは彼ら(機械たち)の最初のことば、鼻から流れ出るのは先人たちの涙だ、げんにわたし(たち)は植物に復讐されている

、ジャガイモの芽だってそうだ、頭が痛く熱っぽい、インターネッツは「花粉症のせいだよ」ってやさしく教えてくれるけど、身体は咳払いばかりしてそうではない気がするよって、また鼻から先人の涙、ここ数日は(たぶん、確実に)躁だった、やりたいことややるべきことがタンポポの綿毛みたいにポポボポと頭に(文字通り)浮かんで咲いていた、その軽さから脳みそは普段いるところから3センチほど浮かび上がっていていまにも飛んでいきそうで、それをホムンクルス(脳の中の小人)が長い両手でしっかりと捕まえて飛んでいかないようにしていたことも知っている、だけどそれに、知っていること、感じていること、になんの意味があろう、(感じていればいいと先人はいうけど)、

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発想、アイデア、やるべきこと、は、はからずともたんぽぽの綿毛のようなもので、いまはちりぢりになってしまった、なろうとしている、なっていっている、この瞬間も、なぜなら、嵐がやってくるからだ、それの兆候、ささいな風が、綿毛たちを吹き飛ばしているのがなによりの証拠、夜に読み聞かされる童話の魔女を怖がるこどもたちが耳もとでささやいている、悪魔がくるよ!あいつがやってくるよ!、今日すれちがった男が、コンビニの袋に大量(といっても五本ほど)のストロングゼロ(ロング缶ではない)を入れていて、ほんの少し目に入っただけで体調がぐっとすぐれなくなったので、もう2度と缶チューハイは飲まないと心に決めた、(「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智/サラダ記念日)、

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食べたものを全部吐く、このままじゃ吐きぐせがついちゃうよ、身体の過剰防衛と過剰反応のせいだと思う、心にも身体にも無理をさせすぎていたのか、自分の身体の許容量がわからない、それはぼく自身が"身体"を信じきれていないだけだ、"なあ、身体、どこまで信じたらいいんよ?"、正しいものだけを食べ続けるなんて、嫌だなあと思う、正しい選択だけを、し続ける、間違ったら吐いてしまえばいい、吐く(ゲロる)、って能力が身体には"もとから"備わっているんだし、便器を恋人のように抱いて、よだれ🤤をたらしてる情けない姿は好きな人にはみせたくはないけれど、蛙のようにぐわっと、丸洗いできたらどんなに楽か、それも週一は訪れる自分の姿なので"慣れてしまった"、そのことにも解せないままで、心がまだまだイケるよ、イケるよ、と言っているくせに身体は早くもノックダウンですわ。

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