Anna of the North - Oslo

離脱とあきらめの彼方に死があるはずなのに、深夜4時、便器に腰をかけていると短い廊下のほんのすこし先にいるのがわかる、同居人がうるさくて眠れない、(のかもしれないし、)脳が覚醒していて眠れないのかもしれない、ものごとの繋がりがなくなった、それぞれの事象は別々に存在し、個別発生(および唯我独尊)している、この部屋に(ないし外に)ばら撒かれたすべては、それぞれの"衝動"でしかない、しょうゆはしょうゆの衝動として存在(衝動)している、これはしょうゆではない、しょうゆの衝動だ、まくらもつくえも、まくらの衝動であり、つくえの衝動だ、過去のない衝動だ、(もしかしたらこれは詩かなにかか?)作り手のいない、過程のない、担い手もいない、いまこのときに、飛び出た、衝動、としてのしょうゆ、誰かに製造され、真空パックされ、箱詰めされ、配送され、陳列され、買われ、つくえに並べられたしょうゆではない、これはたったいま、自らの意思で、これらのコウテイをすっ飛ばしいまに飛び出たしょうゆだ、しょうゆの衝動だ、しょうゆの衝動が具現化してしょうゆのかたちになった、触れることのできるしょうゆの衝動だ、まくらだってそうだ、つくえだってそうだ、誰にも作られちゃいない、誰にも買われてなんていない、衝動だ、衝動でここにある、衝動で現出したんだ、数ある銀河のひとつとして、

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衝動、的だ、支離滅裂だ、物はアスペルガー、統合性が存在しない、意味があって1つのカラーボックスに、その一段にまとめたはずなのに、そこに意味はなかった、本が、こまかく震えている、これは僕の脳が一時的に見せている幻覚のようなものなのか、それとも、いままでとは変わってしまった、(もののみかたが180度変わった)ということなのか、悲しみは喪失だ、なにかを失うことだ、なにかを失うことが、"とてつもなく悲しい"のだ。

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